2017年 10月 12日 ( 2 )

スーパーに生落花生が出だした。
早速1キロほど購入、安い。
茹でるより蒸す派ということもあり
一気に蒸して塩水にしばらく浸し、食う、止まらん美味い!!
いくばくかの量を落花生ご飯にとも
無い頭のスミで考えるも何とも無駄な考えでありました。
まあこういった季節モノは食い尽くすべしかなと。
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お店だった頃の久茂のマッチを眺めながら。
同じ歳の大家さんが書かれた文を。。。
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<私が幼かった頃>
私は、物売りといえば豆腐屋さんのラッパの音か、
夜鳴きそばのチャルメラ、スピーカーで流す「やーきいもー」くらいしか知らないが、
子供の頃はいろいろな配達の人が来たことをなつかしく思い出す。

豆腐屋さんのラッパは遠くからでもよく聞こえたが、
まだ遠いと思ってうっかりしていると通り過ぎてしまう。
「とーふやさーん」と次の角まで追いかけて走ったりする。
のちには豆腐を買う日は赤い布切れを玄関に出しておいたりした。
台所まで入ってきて、ザアザアと水を流しながら
豆腐を鍋に移して冷蔵庫に入れていってくれる。
その間によく世間話をしていた。
この人はついこの間まで、あの大きな自転車に箱を積んで走っていた。

米屋さんはサンタクロースみたいな白い木綿の袋をかついで来た。
我が家では四角いブリキの箱にお米を入れていたが、
その箱の中に、米屋のおじいさんはかついできた袋をさかさまにして、
大事そうにサラサラとお米を入れた。
最後にいとおしむように表面をなでると、
お米は一粒もこぼれることなく、みごとにきっちりと箱いっぱいになった。
私はそれを見ているのが好きだった。
お米はとても大切なものなのだと思った。

クリーニング屋さんは自転車に乗ってきたが、
いつも鳥打坊をかぶり、ベストかジャケットをきっちりと着て、
とてもおしゃれさんだった。
身ぎれいで几帳面で、いかにもこの店に頼めばきれいに仕上がる感じがした。
私はよくクリーニングのタグを服にぶらさげたまま外出してしまったりするが、
当時はひとつひとつ、目立たないところに木綿糸で名前が小さく刺繍されていた。
カタカナで簡単なものだったが、今思えば、とても丁寧な仕事である。

うちは飲食店だったので、配達の人はほかにも来た。
酒屋は親戚のおじさんだった。
体の大きな人手相撲の出羽の海に似ていたが、
その突き出たおなかの上に上手に一升瓶やビールの箱を乗せ掛けて、
「ヨッ、ヨッ!」と掛け声をかけながら上手に運んだ。
いつも紺色の長袖シャツを着ていて、夏は汗で白く塩が浮いていた。

牛肉は川市から取っていた。
白い布に来るんだ7~8キロのかたまり肉をドサッとカウンターの上に置く。
配達のおにいちゃんは、背が高く、肌が浅黒くて、
くりくりとよく動く目をしていて、元気な雄牛みたいだった。

いっぽう鶏は、ものすごく小柄なおばちゃんが持ってきた。
トレーに載せてきたホルモンを流し台で取り分け、冷蔵庫に収めて帰っていく。
おばちゃんの顔は小さくて丸くて、持ってくる金環たまごにそっくりだった。

母は昭和36年に小さな店を開業して、
翌年生まれた私が子供の頃は、まさに必死で店を切り盛りしていた。
一階は、肩が触れ合うほどにして、
やっと十二人が座れるカウンターに小さな厨房、その奥に三畳ほどの小上がり、
二階は私と母の居室である六畳、
そしてもうひとつの四畳半には住み込みの女中さんが二人も寝起きしていた。
そんな小さな店だったが、当時はコンビナート景気というのか、
いつもてんてこまいの忙しさだった。
夕方五時を過ぎると、カウンター席はあっという間に満席になり、
二階の六畳では十人ほどが宴会をしていた。

母も女中さんも私のことまではとても手が回らず、
赤ちゃんの頃、熱を出すと、ひきつけて舌をかまないように、
割り箸に綿を巻いてくわえさせておいた、とのちに聞いた。
もう少し大きくなってからだが、
隣の部屋で宴会をしているお客さんが様子を見に来て、
ふとんを直してくれたりしたことを覚えている。

普段は厨房の奥の板の間の小上がりが私の居場所だった。
掘り炬燵が切ってあったが、四角形の一辺はテレビ台にくっついている。
小学校に上がるようになると、もう一辺が私の席で、
壁にかけたランドセルには座ったまま手が届いた。
二階のお客さんはもちろん私のすぐ横を通って階段を上がり降りするのである。
私はそこでご飯を食べ、宿題をし、テレビを見たり本を読んだりして夜を過ごした。

ところが、さらにお客さんが来ると、カウンター席が空くのを待つ人が、
この小上がりにも入ってくるのである。
炬燵はあと二辺空いているわけだから、そこに私と一緒に足をつっこんで、
私が宿題を広げている前で、突き出しで一杯呑みはじめる。
そうしてあれこれ私の世話を焼く。
ランドセルに挿してある三十センチの竹の定規をスルリと抜いて、
私の顎の下にあてて
「これくらい背筋を伸ばして手元から目を離さないと近眼になる」とか、
私が日記の宿題を前にして「きょうは」と書きかけて考えていると、
「日記は今日のことを書くのにきまっているのだから、その”きょうは”は消しなさい」とか、
「偉い人はみんな日記を書いている。大人になっても日記は続けなきゃあダメだ」と
講釈をたれるひともいる。そうして枝豆をかじってお猪口をなめている。
私がお風呂から出てくると
「ちゃんと耳のうしろまで洗ったか?」と訊く。

今思えば、こんなところでよその子の世話をやくくらいなら、
早く帰って自分の子供の面倒をみればよさそうなものであるが、
男性は子育てをしないのが当たり前だったあの頃、
父親たちはかくもほほえましき一面を持っていた。
転勤が決まって送別会のときには
「元気に大きくなるんだぞ」と、
私にハンカチやおもちゃを持ってきてくれた人もいた。

カラオケなどはまだまだ普及していない頃、
お酒がまわれば、みんな手拍子で歌をうたった。
だから私は「ラバウル小唄」や「お座敷小唄」「芸者ワルツ」・・・
私の世代にしては古い歌を今でも歌える。
大学に入ったとき、新入生歓迎のコンパでバンカラ世代のOBが春歌を唄った。
たぶん幼児の頃耳にしていて、訳もわからずにそのまま忘れていた歌だった。
女性の先輩が「下品でびっくりしたでしょう?いやーねえ」と
私たち一年生に気をつかってくれたが、私はその歌の二番を思い出した。
そうして、歌詞の意味するところをはじめて理解した。

軍歌はよく聞いた。
その当時は「酔っ払いとはこんなものだ」と思っていたし、
戦争など遠い昔のできごとだと思っていた。
しかし、義足や義手をつけて破れた軍服を着た人が
「傷痍軍人」と札を掲げて駅前に座っていた姿も
まだちらほら見られた時代である。
お客さんはみんな戦争体験者だったし、
戦地から復員した人も少なくなかったはずだ。
企業戦士とかモーレツ社員といった言葉が聞かれるようになり、
背広姿でお酒を呑み、
軍歌をうたうオジサンたちの胸に去来したものは何だっただろう?
大人になってから、あの蛮声と湿った手拍子を、
少しせつない気持ちで思い出す。

あの頃は人と人の距離がとても近かったように思う。
朝、雑巾がけのバケツに水を入れる音、
昼下がりの配達の人たちの出入り、夜の店の喧騒・・・
機械音ではなく、人の声と人の気配がにぎやかだった。

築五十年を超えた木造の小さな母の店は、
もうすっかり役目を終え、取り壊すことも考えていたが、
今、ギター弾きの人が住み、古くなった壁や柱は今、
軍歌ならぬアコースティックの音色を聴いている。
<旧四日市を語る>より 出口敦子筆
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